舞台と物語に恋しているダンボの日記です。皆様に楽しいこと、幸せなこと、笑えることがたくさん降り注ぎますように!


by dumbo-kakeru
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素敵だぞ日記(作品は排泄物である)

♪書く時間をいっぱい確保させてもらえる、というのはありがたいことです。
書く才能には全然自信がないのですが、なんか知らないけど書く時間を与えてもらえるから、私は書いてていい人なんだ、と思っています。

本当にありがたくて、本当に感謝!
なのにやっぱり「書くのはしんどいっちゅうねん!」と時々何かに逆ギレしそうになってしまいます。

先ほども書くのに飽きてしまい、たまたま目にしたある方の恋愛ブログが面白くてやめられなくなってしまいました…
それは私と同じ、30代女子の方のブログで、彼女自身の恵まれない恋愛体験について、赤裸々に語っているものでした。
その方の、「私だって恋人ほしいっちゅうねん!デートもしたいっちゅうねん!」
という、むき出しの感情が溢れた、生々しい言葉を読んでいると、いつのまにかすっかり同調してしまい、

「私だってもうこんなしんどい思いしたくないねん!デートとかしたいっちゅうねん!」

と、またまた逆ギレしそうになりました。
(相手いないでしょ、というツッコミは置いといてください…)

いやあ、赤裸々な文章は本当に面白いです。
思わず惹き込まれてしまいます。
そしてそれが、自分が今書いているものより面白く感じてしまうから、「ダメじゃん!」と思います。
私が書いているものも、それぐらいのむき出しの感情が溢れ出るようにならないと、きっと魅力的じゃないんだろうなあ、と思いました。

「恋人欲しい」とか、「誰かが好き」とかは、たぶんきっと「本能的な欲」です。
で、よくわかりませんが、「書きたい」とか「表現したい」という欲も、本当はきっとそれぐらい本能的なもののような気がします。
だから本当はもっと、狂おしいような、「死ぬか生きるか」、ぐらいギリギリの世界を垣間見るような作業なのかもしれません。
でも私は、まだその生々しいところに行きついてないと思います。

そういえば、今思い出した、ある言葉があります。
「作家にとって作品は排泄物。つまりカスである」

作家は、作品という排泄物をこの世に生み出しながら、より作家らしく成長していくのだそうです。
だから、作家にとっての「作品」は自分自身であり、「生み出したもの」は「カス」に過ぎないんだという考え方でした。

「作品」を、「素敵なもの」ととらえずに、「排泄物」ととらえるというのは衝撃的な考え方でしたが、
今、すごく納得できた気がしました。

作品作りは「排泄行為」なのか…

どうやったらその生々しいところに行きつけるかわかりませんが、
とりあえず、もっともっと追い詰められてみます。
自分を追い込んで追い込んで、もっとMになってみます。

「覚悟」を決めたつもりでしたが、なんか「覚悟」だけでは足りないような…
もっともっと、もがき苦しまないといけないような、
血まみれにならないといけないような…

だけどやっぱりその中に、確かな「よろこび」を感じていないといけないような
(やっぱりMですね)
そんな気がした、すごく「もどかしい」日でした。

これからもいろいろやってみます。



♪お嬢様「セバスチャン聞いた?、『作品は排泄物』なんですって。
だから私の書いているものなんて、所詮『カス』に過ぎないのよ」
セバスチャン「いいえ、お嬢様の書いていらっしゃるものは『素晴らしい芸術作品』でございます。
『カス』なんかじゃございません」
お嬢様「そうじゃないのよ。あえて『作品は排泄物』だと考えることで、作家は成長するって考え方があるのよ。だから…」
セバスチャン「いいえ、お嬢様の書いていらっしゃるものは、誰がなんと言おうと、『素晴らしい芸術作品』です。
断じて『カス』なんかじゃございません!」
お嬢様「じゃあこれはなんと読む?」

(お嬢様、紙に鉛筆で「はいせつぶつ」と書く)

セバスチャン「(読む)げいじゅつさくひん」
お嬢様「嘘よ嘘よ!これはどうみても『はいせつぶつ』じゃないの」
セバスチャン「いいえ、『げいじゅつさくひん』でございます。私はずっと前からこの文字を、『げいじゅつさくひん』と読んでおりましたよ」

(あくまでも言い張るセバスチャン。二人の話しあいは永遠に平行線のままなのでございました)
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by dumbo-kakeru | 2010-01-26 21:16